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私が途上国に行きたい理由

途上国への関心は、高校生位の頃から漠然とあった。

「途上国に行くぞ!」と決心に至るまで、二つの機転があった。

一つ目はカンボジアに行った事。
リハの学生時代に「地雷は障害者を増やすための武器」という事を知ったわけで・・・。
地雷
戦場の前線から、兵士を減らす目的と(受傷した兵士+怪我人を運ぶための兵士が基地に戻るため)国に帰っても、働けないため、食いぶちを増やし生活を楽にさせない目的があるらしい。

セラピストの卵の私は、憤慨してカンボジアに飛んだ。

で、地雷除去現場だけでなく、リハセンターや小児病院、ホームステイ、小学校訪問などいろんな事を体験できた。
Klling Feild では、ポルポト時代の大量虐殺の現場を見た。
頭蓋骨だけは全て回収していたが、足元には、枯れ枝のように手足の骨がFeild一面に広がっていた。
髑髏

写真も残っていて、目を覆いたくなる内容ばかりだった。
写真
こういう事が私が生まれた頃、この国で起こってたんだ。

街中でも、物乞いが多くて、中学生ぐらいの女の子たちが売春してて・・・。
切断
「えっ?こういう方法でしか生きていけないの?」
同じ21世紀でこんなにも違うのかとすごく悲しかったし、無知だった自分が恥ずかしかった。

ホームステイ先の田舎の村は電気も水道もガスも通ってない。
でも、子供たちの笑顔はどこまでも澄んでいて、純粋で・・・。
子供たち

「いつか一人前になったら、こういった国に戻ってリハや復興のお手伝いがしたい!」
ってその時から思っていた。(相手が必要としてくれているならね。)

もう一つの機転は大学4年生の時の臨床実習で沖縄での出逢い。
担当したおばぁは、集団自決の時の弾痕が顔にあった。
多くは語らなかったが、自分の手で息子さんの首を絞めて殺したようだ。

そういう事って自分にとっては教科書の中の古い出来事に過ぎなかった。
おばぁと2カ月過ごして、自分の祖国の歴史上起きた事実を
現実味を帯びて感じれるようになった。

「そんな大昔の事は私には関係ない」
って考え方から、
「うっ、今の私は、おじぃおばぁ世代の苦労はもちろん特攻隊とか、慰安婦とか国内外問わず多くの
人々の犠牲の上に立ってるんだ。私は、家族に愛され自由気ままに生きてきて好きな職業にも就ける!今度は日本が(私が)恩返しする番じゃないの?」
って考え方が変わった訳。

で、国際協力に興味を持って1○年・・・。
やっと、現場に立つ事が出来る・・・。

パキスタン行きで出鼻を挫かれて相当へこんだけど、そんな事で
嘆いている暇はない!
(相当愚痴って周囲に迷惑かけといて偉そうに言う言う^^;)

どこの国でもやる事は一緒。
(待っててくれていたラホールの子供達には、申し訳なくて仕方ないけど)
今の自分が出来ることを任地で精一杯やるだけ^^

途上国の貧困や医療、福祉などの問題に対して、自分の力って砂漠に一滴の水を落とす位の事だろうけど、私はそれを無意味だとは思わない。

ほんのちょっとでも、役に立てれたらそこで初めて、私は自分が生まれてきた意味を見出せるの。

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Trackback [0] | Comment [7] | Category [未分類] | 2009.09.22(Tue) PageTop


 プロフィール

Maco♪Tunisia

Author:Maco♪Tunisia
2011年9月にチュニジアの特別支援学校での作業療法士(OT)としての活動を終え帰国。現在もOTとして東北で活動中!

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